現在私たちが食べているみかんは「うんしゅうみかん」といい、400年ほど前に鹿児島で生まれた日本原産のくだものです。同県長島の東町には昭和10年ごろまで樹齢300年を越す古木があったとされています。当時中国から伝来したみかんの仲間(ソウキツやマンキツ)から偶然に生まれたといわれています。 栽培場所は九州のわずかなところでしたが、果皮色が濃いものや、収穫時期が早いもの等、様々な特色を持つ変異種が生まれました。これらの変異種はみかんに種がないことから、自然に発生した親とは異なる性質を持つ変わり枝(突然変異)を利用して育成されたものです。その栽培がしだいに東の地域へ広がっていき、やがてみかんといえばうんしゅうみかんを指すことになったのです。 実は、みかんとして最初に日本に広まったのは、小みかん(紀州みかん)です。中国との交易港として古くから栄えていた肥後国八代(現熊本県八代市)に中国から小みかんが伝わり、それが15〜16世紀ごろ紀州有田(現和歌山県有田市)に移植され、一大産業に発展したことから「紀州」の名が付けられました。また江戸時代の豪商である紀伊国屋文左衛門が、当時江戸で高騰していたみかんを紀州から運搬し、富を得たことでも有名です。 江戸時代では、うんしゅうみかんは、種がないため「子種を断つ」として嫌われていましたが、江戸後期より味の良さと種なしの利便性から、次第に小みかんから取って代わるようになりました。 みかんの生産地も広がっていき、1940年代の太平洋戦争の影響を受けたとき以外生産量は増え続け、1975年には366万5.000トンにも達していますが、その後食生活習慣の変化等により、年々生産量が減少し、2008年には90万6,000トンとなりました。 食べられる期間も冬に限らず手に入るようになりました。 ハウスみかんの加温栽培は、昭和44年に静岡県伊豆で温泉熱を利用して始まりました。灯油暖房による加温栽培は昭和45年に香川県高松市の湯谷氏が全国で初めて成功しています。 |
近年の日本の生産量は79〜91万トンですが、その主産地は関東以西の比較的暖かい地域で栽培されており、生産量の多い県は右記のとおりです。 |
うんしゅうみかんの種類を収穫時期の早い順に大きく分類すると、極早生温州、早生温州、普通温州の3つになります。極早生の収穫時期は9月〜10月、早生の収穫時期はおおよそ11月〜12月前半、普通の収穫時期は12月です。極早生と早生は収穫と同時に出荷されますが、普通は同時に出荷されるものと、貯蔵され翌年に出荷されるものがあります。 これらの種類は関東以西の各県で栽培されていますが、出荷の早い極早生や早生はどちらかというと九州地域に多く、普通はより北の産地で多く作られる傾向があります。 また、一部の産地では、ビニ−ルハウスの中で冬季に暖房することにより、冬に花を咲かせ、一般のみかんのない4月〜8月に出荷するハウスみかんも作られています。ハウスみかんは、日光以外の重要な生育環境である温度や水をコントロ−ルすることにより、常においしいみかんを収穫することができます。このハウスみかんの登場により、お店で一年中おいしいみかんが食べられるようになりました。 うんしゅうみかんの代表的な品種系統は以下のとおりです。 |
施設栽培の出荷時期は5月〜8月ですが、日本のみかんの栽培は露地栽培が主流で、南九州では9月初めから出荷されますが、10月〜翌年の1月が出荷最盛期です。みかんは生育期間の気温により開花から成熟までの日数が異なり、気温が高いほど成熟日数が短く、小玉で糖分の蓄積が少ない果実になってしまう傾向があります。従って、11月〜12月の気温がその年の果実の収量や食味に大きく影響します。また、日本での消費は大半が生食であるため、生食に適した、果実が大きく酸味の少ない品種が多いのも特徴です。 |
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袋ごと食べると良いでしょう。みかんの袋やスジは食物繊維で、 |
貯蔵性が高いので、温度が高くならず、 |
みかんの一年間の主な栽培管理作業を紹介します。
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